市場中立型のヘッジファンド
市場中立型の運用とは
ヘッジファンドの本来の運用が、相場変動に関わらず利益が出ることを目指す“絶対収益”を追求する運用手法だということについての説明を続けます。絶対収益を実現するためには相場変動によって損失が発生しない「市場中立型の運用」をしなければなりません。”市場中立”とは、どういう状態なのでしょうか。
市場中立とは、英語でマーケットニュートラル(market neutral)と言って、上げ相場で利益を狙うポジションでもなく、下げ相場で利益を狙うポジションでもない、相場変動に対して中立的な状態です。相場が上がるか、下がるかは過去のトレンドから、ある程度予想することができるかもしれません。しかしながら、全く予想もしない事象(地震などの大災害や原子力発電所などの事故、軍事侵攻などの戦争、クーデターや非常戒厳などの政治的な混乱)によって、相場が大暴落(ブラックマンデーのようなクラッシュ)をすることもあります。
前回でご説明した“裁定取引”でいかに手堅く利益をあげたとしても、相場が急落した際に大きく損をしてしまっては絶対収益を狙うとは言えないわけです。しかも相場が暴落している状況では、買い手が全く現れない状況になることもあり、損失を確定するための売却が全くできない状況になることもあります。想像もつかない巨額の損失を被るリスクがあるわけです。
そうしたリスクを避けるため、買っている量の合計と売っている量の合計が等しくなるように相場変動に関して中立的な状況をつくるわけです。つまり買いポジションで損失が発生したら、売りポジションで同額の利益が出るようにするわけです。そうすれば、たとえ相場が暴落するような状況になったとしても、損失と利益が相殺されて損失が発生しないわけです。
市場におけるロングとショート
市場中立型のポジションは、買った量と売った量が等しく均衡している状況を言うのですが、どのようにするのか考えてみましょう。買った量のことを市場では「買い持ち」とか「ロング・ポジション」といいます。売った量のことは「売り持ち」とか「ショート・ポジション」といいます。ここで出てくるロングとショートですが、なぜ、買い(buy)がロング(long = 長い)で、売り(sell)がショート(short = 短い)なのでしょうか?
ネット上でロングとショートの言葉の由来について蘊蓄(うんちく)を語っている人が多くいます。買い相場は長く続くが、下げ相場は短く終わるから・・・。いろいろと言われていますが、海外の英語圏の人たちが、買うことを増やすイメージで long 、売ることを減らすイメージで short と表現したのを日本人がそのまま使ったのではないでしょうか。buy と sell を使うと自分からみて“買い”なのか、相手からみて“買い”なのか紛らわしいケースもあります。イメージが浮かびやすい「ロング」と「ショート」を使うようになったのかもしれません。
このロングとショートの使い方は、ヘッジファンドに限らず資産運用でとても大事です。「ロングショート戦略(割安な銘柄を買い、同時に割高な銘柄を売る投資手法)」、「ショートカバー(売りポジションを解消するために買い戻すこと)」、「ショートスクイーズ(市場参加者のポジションが大幅に売りに傾いているとき、急激な買い戻しにより相場が大きく上昇すること)」など、ロングとショートを使ったマーケット用語を理解する上で基本となる用語です。
基本的に、「ロング」は買い、「ショート」は売りと覚えておきましょう。
ショート・ポジションについて
ヘッジファンドは、極めて自由度の高い運用を行うことができるため、値上がりが期待できる金融資産を買うロング・ポジションをつくるだけでなく、値下がりしそうな金融資産の売りから入って、個別銘柄の残高をマイナスにして、その銘柄が値下がりすると利益が出るショート・ポジションをつくることができます。
ショート・ポジションの基本は信用取引の売り、いわゆる「空売り(からうり)」です。「空っぽのものを売る」、つまり持っていない銘柄を売るのが空売りです。 空売りを簡単に言うと、現物を借りてきて売却して、売り主に借り物の現物を渡して売却代金を受け取る取引です。思惑通りに将来、相場が下がれば、売却代金を使って安くなった現物を買って借りた現物を返します。株式を借りる際に利息にあたる貸株料や品貸料という手数料がかかりますから、そうしたコスト分を上回る値下がりをしなければ利益になりません。
ロングポジションでは買った資産がゼロになる場合の買い取り代金が損失の上限ですが、ショート・ポジションの場合は、買い戻す値段がどこまで高くなるかわからないので、損失額に上限がありません。ショート・ポジションは極めてリスクが高い取引です。
先物で売りのポジションをつくれば、将来、現物の価格が下がったときに安い値段で買う現物で決済したり、現物の値下がりに伴って下がる先物を買い戻すことで利益となります。
プットオプション(オプション料を払うことで、将来、決められた価格で現物を売ることができる権利)を買うことも、相場が値下がりすることで利益が出ます。オプションの権利を行使する価格と、値下がりしている実勢価格の差額がオプション料を上回れば利益になります。
コールオプション(オプション料を払うことで、将来、決められた価格で現物を買うことができる権利)を売っている場合も、相場が値下がりしていれば、実勢より高い価格で買える権利は価値がなくなり行使されないので、受け取ったオプション料が収益となります。
マーケットニュートラルの運用
マーケットニュートラル(市場に中立)がどういう状態なのかは、理解して頂けたかと思いますが、ロング・ポジションとショート・ポジションを等しい状態にするのは簡単ではありません。金融資産によって、相場変動による値動きの仕方が違うからです。A株式を100万円分買ってB株式を同金額の100万円分空売りしていたとしても、市場中立になるとは限りません。A株式は相場が動くと敏感に反応して株価が大きく変動するのに対して、B株式は景気変動や相場変動で株価の値動きが乏しい場合もあるからです。
ではどうするのかというと、株価全体の値動きのもとになる指標(日経平均やS&P500といったインデックス=Indexです。)をベースにして、A株式とB株式のポジションが、全体の指標のポジションに換算するとどれくらいの量になるかを計算します。通常では、買いの量をプラス、売りの量をマイナスとして、全体の指標ベースに置き換えて、ポートフォリオ全体の数値を計算します。その数値がロング・ポジションとショート・ポジションの合計でゼロになっていれば、プラスのロング・ポジションとマイナスのショート・ポジションが等しくなっていると考えるわけです。
ちなみに、各金融資産の値動きを相場全体の値動きに換算するための比率をデルタ(Delta はギリシア文字のアルファベットでDにあたる Δ です。)と言います。ロング・ポジションとショート・ポジションが等しくなっている状態、すなわちポートフォリオのデルタの合計がゼロになっている状態を、デルタニュートラル(デルタが中立の状態)と言うことがあります。
ヘッジファンドで絶対収益を追求する場合、マーケットニュートラルの状態になるようにデルタの総額をゼロにするわけです。しかしながら、換算レートであるデルタを正確に算出することが難しいこと、デルタが相場環境によって刻々と変わること等により、デルタを完全にゼロにし続けることは非常に困難です。買いの総額と売りの総額が等しい状態をキープしながら、相場変動のリスクを抑えるためには、デルタの総額を常に計算して微調整する運用を行うシステムが必要になります。そうした運用を行うためには、大規模な運用会社でないと難しいわけです。
今回は、少し難しい内容だったかもしれません。このブログについてのご意見、ご感想、ご質問などがございましたら、ホームページのお問い合わせからアクセスして頂くか、以下のアドレスに直接メールを頂けると幸いです。 メールをお待ちしております。
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